中世・環日本海の文化が育み栄え、忽然と消えた黒いやきもの

 

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珠洲焼

 

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珠洲焼の謎を探る旅は始まったばかり

 

「珠洲焼(すずやき)」という言葉ができたのは、わずか60年ほど前のこと。500年ほど途絶えていたため、その存在すら忘れられていました。大陸から渡ってきたやきものの技の流れを残しながら、独自の深化を遂げた「珠洲焼」。繁栄と突然の消失は多くの謎に包まれています。

 

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能登半島の先・珠洲で発展した大陸の技術

 

1600年ほど前に大陸から伝わった技術は能登半島の先「珠洲」に根付き、ほかの「やきもの」とは違う、独自の風合いをつくり出していました。 12世紀中葉(平安時代末)から15世紀末(室町時代中期)にかけて、その様式は中世日本を代表する「やきもの」の一つとして、北海道南部から福井県にかけて日本海側に広く流通していました。

 

 

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窖窯(あながま)で作られる黒い焼き物

 

珠洲焼は、古墳時代中期に大陸から伝わった須恵器(すえき)の流れを汲んでいるといわれています。鉄分を多く含む珠洲の土を、粘土紐で巻き上げた後に形を整え、それを1200度以上の高温で焼く「燻べ焼き(くすべやき)」という技法で作られ、窖窯(あながま)を使い高温で焼き締めます。溶けた灰が自然の釉薬となり、素地も炭化して珠洲焼独自の灰黒色の艶を生み出します。

 

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忽然と消えた珠洲焼

 

珠洲焼は14世紀に最盛期をむかえて日本列島の四分の一を商圏とするまでになりましたが、15世紀後半には急速に衰え、まもなく廃絶します。その理由はわからず、繁栄と突然の消失は「幻の古陶」として今も多くの謎に包まれています。

 

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長い眠りから目覚めた珠洲焼

 

昭和にはいってのち珠洲一円で40基ほどの珠洲焼窯跡が発掘されました。調査や研究が進むとともに「幻の古陶」をなんとかもう一度この地に復活させたいと願う人々の情熱が原動力となり、「珠洲焼」は珠洲の地で長い眠りから目覚めました。

 

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よみがえった珠洲焼が放つ、深い黒の輝きや手仕事ならではのあたたかみ、謎に満ちた存在そのものが人々の心を捉え、再興以来、珠洲焼に情熱を注ぐ現代の陶工たちが誕生、遥か昔に、この地で陶器づくり一筋に生きた古の陶工たちの魂を受け継ぎ、新たな珠洲焼の歴史を刻んでいます。

 

 

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